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姫路城 大天守

安土桃山時代から江戸時代にかけて造られた各地にあるお城の天守構造は、大きく分けて、櫓の上に望楼を乗せた望楼型と、五重塔のように下から上に規則的に小さくした層を積み上げた層塔型があります。

特に望楼型は、初期と後期に分けられることもあります。姫路城の大天守は、入母屋造りの屋根を持つ二重の櫓の上に更に入母屋一重の櫓を重ね、その上に二重の望楼部を乗せた望楼型天守と言われています。

更に、初期型と違って最上部は棟の平側を正面に向けて廻縁高欄も無く、下層の櫓から上層の望楼部まで層塔型のようにバランスよく逓減されデザインも統一されている事などから後期型とされています。


大天守

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外観は五重ですが、内部は地下1階地上6階の計7階で構成されています。構造上は地階から2階までと、3階、4階、そして5・6階の四つのブロックに別れ、各ブロックを積み上げたその中を長さ24.6mの大柱が2本、地階から5階まで通っています。壁は白漆喰総塗籠造の白壁。屋根は本瓦葺で、その継ぎ目は目地漆喰で固められており、大棟にはが飾られています。大天守には11の鯱があります。

五重の各層は破風や懸魚で飾られています。初重には石落しが3箇所に付けられ、西面は南よりの入り口部に入母屋破風、東面に軒唐破風と出格子窓が設けてあります。二重目は東西に妻を見せる入母屋造りで、破風は三重目の屋根を突き抜け四重目の軒唐破風にまで達する大きな規模となっています。南面には軒唐破風と石落しも兼ねる出格子窓が設けてあります。

三重目は南北の比翼入母屋を採用。これにより二重目のような上層の屋根への影響を避け内部の階層構造を調整したと考えられるようです。また、四重目の千鳥破風と合わせて大きな入母屋破風をイメージしているとの見方もある。五重目は入母屋造りの屋根に南北面に軒唐破風を設けています。そして、下層とは異なり壁面は真壁で、柱や長押が浮き出ており、窓も下層のような格子は見られない。

姫路城天守天守
姫路城大天守大天守
屋根を突き抜ける破風屋根を突き抜ける破風

幻の窓

望楼部の窓は東西に各3カ所、南北に各5カ所、計16個あり、上の写真で分かるように四隅は壁です。平成の修理が行われていた2011年11月、窓を立てるための敷居と鴨居がこの壁の中に隠れていたと発表されました。

姿を現した窓枠は他と同サイズの高さ約1.5メートル、幅約1.6メートルで、その部材の古さや構造からみて築城当時から設けられたものと推測されるようです。

ただ改めて昭和の修理の記録を調べると、その時もこの隠れた窓の事は分かっていたようです。そしてなぜ壁になったのか詳しいことは不明としています。

もし壁が窓になっていたら計24個、下図のようになったようです。

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小天守と渡櫓

天守閣は大天守と3つの小天守が渡櫓でロの字型につながる連立式天守閣です。大天守の建物部分の高さが31.5mなのに対し、東小天守は13.2m、西小天守が13.3mで乾小天守が15.5mと、3つは微妙な高さの違いを見せています。

連立式天守閣
連立式天守閣

小天守は二重の櫓の上に入母屋造りの望楼部を乗せた三重となっています。西小天守は東西に入母屋破風を見せる二重の櫓の上に、同じ向きで望楼部を乗せている。南面に軒唐破風を設け三重目に華頭窓がある。内部は地上3階地下2階となっています。

乾小天守は櫓の破風は東西向きで望楼部は南北向きです。西面に軒唐破風を設け三重目の南と西の面に華頭窓がある。内部は地上4階地下1階です。

東小天守は北に入母屋破風を設け、東西向きで望楼部を乗せている。軒唐破風や華頭窓は無い。内部は地上3階地下1階となっています。

西小天守西小天守
乾小天守乾小天守
綺麗に見える場所綺麗に見える場所

天守を繋ぐ四つの渡櫓の内、天守と西小天守の間にあるニの渡櫓は二重櫓門になっていて水の五門が附属しています。その他は外観が二重で内部は地上2階地下1階です。

また、天守と渡櫓に囲まれて出来た中庭に台所が建てられていて、大天守地階とロの渡櫓1階とに繋がっています。

イの渡櫓と東小天守イの渡櫓と東小天守
イの渡櫓と大天守の出入口イの渡櫓と大天守の出入口
附台所附台所

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